エステー エグゼクティブ・クリエイティブ・ディレクター 鹿毛康司
【ブランドは愛だ! 第4回<最終回>】
エステーといえば、「消臭力」や「米唐番」など、話題の商品を次々と投入し、独自のブランディングを築き上げている企業だ。またCM好感度調査では常に上位にランクインするユニークなCMをつくる企業でもある。「大手企業よりもCMに投下できる予算は遥かに少ない」と言う鹿毛氏。それでもなぜ話題のCMを産み出し、さらには独自のブランディングをし続けることができるのか。戦略からコミュニケーションさらにはクリエイティブまでを統括する日本で唯一の存在とも言える鹿毛氏に、BRAND THINKING編集長・深澤が「ブランドとは何か」を聴いた。
ABテストには限界もある。
(前回のSTPをどうクリエイティブに落とすかという話から、クリエイティブテストの話へと移ります。)
深澤:鹿毛さんはクリエイティブ・テストについてどう思われますか。
鹿毛:例えばCMを作るときの材料は、音だったり、表情だったり、台詞だったり、ナレーションだったり、色だったり、ダンスだったりでしょう。そういうものってそもそも、お客様も気がついていないけどお客様の心の中にあるものを「押そう」としているわけなんですよね。論理的なところでは説明しにくいものを、その「ふわふわ」したものを、色や音や動きに変換して伝えようとしているわけなんですよね。その原型の絵コンテを読み込めるお客様がいるとはとても思えないし、完成したものを評価できるとは私はあまり思っていないんですよね。まして社内でクリエイティブのアンケートを取ったりしている人がいますが、あれはナンセンスだと思います。ただ、CM総合研究所が行っているCM好感度調査ってのは信用しています。あれって好き嫌いの調査じゃないんですよ。純粋に覚えているかどうかの調査なんですよね。CMの評価というよりも覚えているかどうかは事実ですもんね。
深澤:ネットの世界ではABテストがよく使われていますが、どう思われますか。
鹿毛:どちらのクリエイティブにお客様が反応したかという事実ですから、CM好感度調査と同じように信用しています。ただ、「AB調査すれば良いクリエイティブが作れる」ということを言う人がいますが、あれはどうかなあ。どっちが良いクリエイティブかはわかるけれど、そもそも出来上がったクリエイティブの比較で勝敗を決めているわけだから、本当は、その100倍威力のあるクリエイティブを別の力で作ることはできるわけで、ABテストが全てだと言われると、ちょっと違うよなあ、それはそれで限界があるということを理解して使わないと危ないでしょうね。
エステー特命宣伝部長非公認ムービー。
深澤:(第2回で書かれている)2011年に消臭力のCMで好感度1位をとったときの話をもう少しお聴きしてもいいですか。実際、いろんな方からの反響がある中で、実感としてどのくらいの広がりを感じていましたか。
鹿毛:当時、ヤフーのトピックには5回掲載されて、1037サイトに広がりました。テレビや新聞で450媒体くらい。マッドムービー(編集部注:既存の音楽、画像、ゲーム、アニメなどを合成し、再編集したもの)全部で約1000万アクセスありました。
深澤:実際の広告換算値がすごそうですね。
鹿毛:約200億円くらいだったと思います。その年は日本経済新聞が最も効果のあったCMで1位に選んでくれました。こういう結果になったのは、単にCMだけの力じゃないんですよ。いろんな力が相乗効果で起きた結果です。そういえば、おもしろいエピソードがあって、マッドムービーをつくった方がメッセージを送ってきてくれたんです。「つくったんですけど、承認してくれますか?」と。僕はすかさず「おもしろいね!でも承認はできないなあ」と送ったんです。そしたらそのムービーに「エステー特命宣伝部長非公認」と書いてありましたよ(笑)。
深澤:ユーザーとの距離感がとても近いのが消臭力の特徴ですよね。なぜ、その距離感をつくろうと思ったんですが。
鹿毛:あれは2006年頃だったと思うんですが、消臭剤というのはそこまで商品に違いがないなあ、デザインだとか香りだとかは違うのですが、大きな違いはないなあと。だったら消臭力は他の競合のブランドよりも友達になってもらえばいいんじゃないかと思ったんです。なんらかのエンターテインメント性が付加されていったらおもしろいのではないかと思いました。そうやってやり続けていたら、本当に「消臭力」でみんなが遊んでくれるようになったんです。
消臭力は見ただけで笑っちゃう人が出てくる。
深澤:生活雑貨としてはとても珍しい愛され方ですよね。
鹿毛:そもそもこういう商品は、関与度は低いし感情が入る商品ではないわけです。でも、例えばスーパーの雑貨コーナーで、消臭力と競合商品が並んでいたとして、どっち買おうかと思った時に、自分に近しい商品を選んでいただけるんじゃないかと思ったんですね。消臭力が自分の友達だったり親戚みたいな感じで近くにある商品になればいいなあと思っていました。
深澤:どんな感情を持って欲しかったわけですか。
鹿毛:例えばみかん狩りに行くじゃないですか。近所の人に配るとしますよね。「俺のみかんあげるわ」と言って配りますよね。自分が作ったみかんじゃないけど、俺のみかんになるわけです。でもスーパーで買ったみかんなら、「俺のみかん」にはならないと思う。その違い。自分の感情がそこに入るのがブランドですよね。消臭力がそういうブランドになればいいなと思ってやってきました。
深澤:関与度の低い商品でも「ブランド」ができる稀有な事例ですよね。
鹿毛:横のつながりで他社のマーケターとお会いすると皆さん不思議がりますよね。消臭力は商品名を超えてブランドになった珍しい事例だねって言われます。そのカテゴリーを代表する商品名ってあるじゃないですか。例えばサランラップとかサロンパスだとか。そういうものを目指していたんですが、おそらく感情まではいる雑貨商品とすればとても珍しいものだと思います。
深澤:とは言っても、高級ブランドに抱く感情とは違いますよね。
鹿毛:はい、それでいいんです。目立ったり尊敬されていたり、いつも場の中心にいるような奴じゃなくていいんです。そもそもが消臭剤ですよ(笑)。でもみんなで集まる時には、「お前来てたのか」なんて言われながら、いじられて場が和むみたいな奴。みなさんから上から目線で見られていいんです。ツイッターなんかでも消臭力という単語を使って遊んでくれていますよね。「なんかこの電車くさいなあ。消臭力もってこい」なんてね。西川貴教さんもテレビでよく消臭力ネタで突っ込まれたりされていますよね。なんと私として幸せなことか。西川さんご本人も「俺、動く消臭力だから」なんて笑ってくれます。これって、ブランド・アンバサダーそのものですよね。(笑)
エステーはコンペしない。
深澤:鹿毛さんと言えば、外部のパートナーの会社や人と長い信頼関係を築いていきますよね。
鹿毛:チーム作りは本当に私は下手なんです。失敗や反省をしながら、できる限り同じチームで仕事をしていきたいと、やっています。
深澤:どんな人をパートナーにされるのですか。
鹿毛:同じ価値観のある人、クリエイティブを愛してる人です。特にクリエイターは自分の作品作りに走らない人ですね。残念ながらブランディングなんてことよりもご自分の作品を発表する場所と思っている人やお金のためだけに仕事している人ってはやはり一緒には仕事しにくいです。電通の篠原誠さんなんかは良いパートナーです。彼はauの三太郎を企画してて、クリエイター・オブ・ザ・イヤーにも選ばれた日本を代表するクリエイターです。彼がビッグネームだから一緒に仕事をさせてもらっているのではないんですよ。彼とだったらうまくやっていけると思ったからなんです。
深澤:どういうきっかけだったのですか。
鹿毛:数年前に素晴らしいCMを見たんです。パイロットのコレト。ボールペンの芯を変えることを訴求するCMなんですけど、芯が人になっていて。それが見事なエンターテインメントで人の気持ちも救ってて。「これを作っている人と一緒に仕事させてもらいたい」と思ったんですよ。
深澤:そこからどういう流れで篠原さんと仕事をすることになったんですか。
鹿毛:初めてお会いした時に、CMの企画を持ってきてくれたんです。それで、プレゼン前に「今回はコンペなんです」と僕が言ったら、「競合はどこですか?」とびっくりされていました。そもそもエステーはコンペしない方針なんです。で私が言ったんですよ。「競合は私です」と(笑)。
深澤:鹿毛さんとコンペだったんですね。
鹿毛:半分シャレなんですが、お互いに良いもの出し合って化学反応を起こそうというつもりで言ったわけです。彼は私のアイデアを見て「これ鹿毛さんの方が勝ってます、ずるいですよぉ」と笑ってました。その時に、ああ、この人は、作品を作りたいのではなくて、全体を見てくれているって思ったんですね。信用できるなあって。それから一緒にブランディングしていける仲間として仕事をやらせてもらってます。 監督も制作会社のプロデューサーも音楽家も、今はみんな同じ価値観を持った人たちが集まってくれて。CMだけでなく今、エステーQという新しいサイトをチャレンジしているのですが、ここでも同じ価値観を持った人たちが集まってくれて。今日はブランディングというテーマで話をさせてもらいましたが、それをやっていくチームが同じ価値感を持ってやらないとお客様にはバラバラに見えるだろうし、第一、そういうことってお客様はいとも簡単に見抜いちゃうんものなんですよね。お客様力ってすごいと思います。
(おわり)
<インタビューを終えて>
少ない広告予算ながら次々と印象に残るCMを連発し、「消臭力」や「米唐番」など生活雑貨に「ブランド」を生み出した鹿毛氏。なぜそれができるのかといえば、消費や顧客を愛し、自社の商品と使う人の関係性について考え続け、愛情を注いでコミュニケーションをつくる、という実にシンプルな結論でした。グロービス経営大学院大学で教鞭も取る鹿毛氏。理論やフレームワーク超え、人間と商品の関係性をつくりだそうとする本質的な思考とプロセスにこそに、ブランドづくりの真髄がありました。個人的には、理論やフレームを最近は説明しすぎていたな、と反省。そしてまだまだお聴きしたことがたくさん出てきてしまいました。(深澤)
第3回「人の心の奥底にある何かを見つけないと、いいクリエイティブはつくれない。」
第2回「みんなの気持ちの集大成が、ブランドをつくっていく。」
聴き手:BRAND THINKIKNG編集部 撮影:落合陽城
鹿毛康司
エステー株式会社 執行役
エグゼクティブ・クリエイティブ・ディレクター
早稲田大学商学部卒業後、雪印乳業(現・雪印メグミルク)へ入社。1993年、ドレクセル大学にてMBA取得。2003年、エステーへ。執行役クリエイティブ・ディレクターとしてエステーのコミュニケーションを統括。戦略立案から作詞作曲、CM監督までも手がける。同業他社の予算の1/5ほどの中、次々とCM好感度上位を獲得。2011年8月には消臭力のCMが好感度日本1位に。全日本CM放送連盟(ACC)ゴールド受賞。グロービス経営大学院准教授。
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