エステー エグゼクティブ・クリエイティブ・ディレクター 鹿毛康司
【ブランドは愛だ! 第3回】
エステーといえば、「消臭力」や「米唐番」など、話題の商品を次々と投入し、独自のブランディングを築き上げている企業だ。またCM好感度調査では常に上位にランクインするユニークなCMをつくる企業でもある。「大手企業よりもCMに投下できる予算は遥かに少ない」と言う鹿毛氏。それでもなぜ話題のCMを産み出し、さらには独自のブランディングをし続けることができるのか。戦略からコミュニケーションさらにはクリエイティブまでを統括する日本で唯一の存在とも言える鹿毛氏に、BRAND THINKING編集長・深澤が「ブランドとは何か」を聴いた。
下手でもいいからやってみた。
(編集部:前回、ブランドは愛情でできていくというテーマだったのが、クリエイティブの話に展開していきます)
深澤:エステーは鹿毛さんが戦略部分からCM制作まで一貫してコミュニケーションを統括していますよね。
鹿毛:ふつうは戦略をクリエイティブに落とし込むところは広告会社さんなどに全てお任せしますよね。私の場合は非常に珍しく、いつの間にか自分でクリエイティブをプランニングしたり、ある時は曲も作ったり、監督したりと、珍しがられます。
深澤:どうしてご自分でやられたんでしょうか?そもそもそういう仕事されていたのですか?
鹿毛:やはり予算が少ない会社ですから、トップクリエイターが集まってふんだんな予算で制作するという歴史がなかったので、普通にお願いしても普通のものにしかならないと思っていました。
深澤:それで自分でやってみたということですか。
鹿毛:下手でもいいからやってみようと。もちろんデザインだとか映像だとかはやはり素人です。だから、もちろんプロの技を借りて一緒に仕事させてもらっています。そもそも広告会社さんのクリエイターさんも、そういう領域の勉強をした人がなっているわけではないじゃないですか。ならば、若い頃から映画見て、コマ送りで黒澤映画を研究したりしていて、下手でも曲作っていたので、自分だってできると思って。やってみたらできるなあと。よく若いクリエイターさんが「僕たちのようにプロでない人がどうしてできるんですか」って質問されるんですが(笑)。いやいや、私の方が君よりキャリア長いよって(笑)。もう15年やってますからね(笑)。
STPの世界を、クリエイティブに変換できるか。
深澤:特に鹿毛さんの手掛けられるCMはいつも大きな話題になりますけれど、どうやってクリエイティブに落とし込むのでしょか。
鹿毛:戦略をクリエイティブに変換することはとにかく難しいですよね。戦略づくりまでは正直、調査して分析してフレームワークに沿ってやればある程度はできるような気がします。マーケティングのSTPの世界ですよね。お客様を意味あるグループに区分して、その中から「喜んでもらうお客様(ターゲット)」を決めて、どのようにお客様に認識してもらうかとポジショニングを行うという、非常に古典的で確立された世界だと思います。
深澤:そのSTPだけでは良いクリエイティブは生まれないということでしょうか。
鹿毛:企業が作ったSTPという世界を、クリエイティブに見事に変換できる名クリエイターに出会えるかどうかという、とてもブラックボックスなところだと思います。
深澤:そのブラックボックスのところは説明つかないものなんでしょうか。
鹿毛:15年やってきて、自分では手探りでやってきたのですが、そこを勉強したいと、いろんな企業のマーケターや宣伝関係者の方が私のところに来られることがあります。時々、塾のようなことでお手伝いすることがあるのですが。結局、STPをちゃんと踏まえた上でお客様の心みたいなものを深く考えるということなんですよね。
深澤:深く深くお客様のことを思考するということですね。
鹿毛:そうなんですよね。調査をやっても、そもそもお客様って自分がなぜそれを買ったのかとか、なぜ欲しいのか、欲しくないのかとか、そういうことを口に出せないどころか、本人も気がついてない心の奥底にある何かがあるんですよね。そこを見つけないとクリエイティブに変換できないような気がしてます。STPで見つけた「これを言えばお客様が動く」みたいなシンプルなことではないところが、クリエイティブ変換の一番厄介なところです。
深澤:ハーバード大学の名誉教授、ジェラルド・ザルトマンがまさしく心脳マーケティングという本でそのことを論じてますね。
鹿毛:そうですね。我々が今まで信じていたことは通じないということを彼は言ってますけれど、例えば、消費者の思考は筋が通ったものでないとか、消費者の記憶は正確ではないとか、消費者は言葉で考えていないといったことを言ってますが、私は非常に共感します。
どこまで人を想像するか、どこまでそれを繰り返せるか。
深澤:そういう状況で鹿毛さんは、一体どういうところに気をつけてクリエイティブされているんでしょうか。
鹿毛:まずは、何度も言っていますがターゲットでなく「喜んでもらうお客様」としてちゃんと愛情を持って伝える。相手のことを考えるということですね。その上で、その人の心の奥底にある何かを見つけることだと思います。世間ではインサイトって言葉が使われていると思いますが。インサイトの定義も使い方もまちまちですが、愛を持って心の奥にあるものを見つけるということがとても大切だと思います。そういう人肌なところをちゃんと持った上で、戦略をどうクリエイティブに変換しようかと思ったらいいのではないでしょうか。
深澤:そうやってクリエイティブに変換したものは成功するということですか。
鹿毛:人の深層心理にはこんなことがあると勝手にフィクションしては成功しないですね。そのクリエイティブの解決策が「うんうん、そうそう」とみんながうなづくものでなければいけないし、それをちゃんとエンターテインメントにしなきゃいけない。それに現実には予算だとか期日だとか条件もありますからそこもクリアしなきゃいけない。
深澤:クリエイティブ変換っていうのは本当に難しいですね。
鹿毛:だいたいは「じゃあ調査しましょう」ってなる。でもそういうことだけじゃないんですよ。どこまで人を想像するか、それをどれだけたくさん繰り返せるかなんだと思います。お客さんと実際に話して、自分で考えないと何も生まれません。だから僕はうちのCMにも出てくれているTM Revolutionの西川(貴教)さんや高橋愛ちゃんのライブに行って、そこに来ている人たちとお話してきますもん。そういうのを繰り返して考え続けていると、「この企画ならきっと見ている人が喜んでくれる」という「当て感」が生まれてくるような気がします。
第4回「消臭力は、遊べるブランドを目指してきた。」
第2回「みんなの気持ちの集大成が、ブランドをつくっていく。」
聴き手:BRAND THINKIKNG編集部 撮影:落合陽城
鹿毛康司
エステー株式会社 執行役
エグゼクティブ・クリエイティブ・ディレクター
早稲田大学商学部卒業後、雪印乳業(現・雪印メグミルク)へ入社。1993年、ドレクセル大学にてMBA取得。2003年、エステーへ。執行役クリエイティブ・ディレクターとしてエステーのコミュニケーションを統括。戦略立案から作詞作曲、CM監督までも手がける。同業他社の予算の1/5ほどの中、次々とCM好感度上位を獲得。2011年8月には消臭力のCMが好感度日本1位に。全日本CM放送連盟(ACC)ゴールド受賞。グロービス経営大学院准教授。
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