【無名の酒がなぜ売れたのか 第1回】
富士川町、内外の人たちでつくった本菱。
本菱という日本酒を知っている人は、まだほとんどいないと思います。今年の4月、120年ぶりに復活した山梨県富士川町のお酒です。1000本限定で販売を開始して、すでに残りが14本(2017.8.8現在。※編集部追記:8/11にて完売)。ほぼ売り切れています。富士川町は、酒どころでも、米どころでもありません。まったく無名の田舎町。2010年に旧鰍沢町と旧増穂町が合併してできた14000人あまりの、過疎に悩む典型的な地方の自治体です。この小さな街で、町内外の人たちが一緒になって「まちいく」というプロジェクトを立ち上げ、その中で「本菱」という日本酒をゼロから「商品開発」していきました。
知名度ゼロの酒を復活させて、売り切る。まさに無謀な話です。もちろんですが酒販免許も当初はありませんでした。そして私たちの会社にとっては、酒を作ることは在庫を持つことでもあります。経営的にはリスクを負うことになります。しかし、もうすぐ売り切れるというこのシナリオが、予想外にできすぎたことか、と問われれば「そうではない」と答えると思います。売り切るためにさまざなま方策を、ブランド開発の手法に沿って行ってきたからです。ではそれをどのように行ってきたのか?を、プロジェクトの発起人代表である私から、なるべくプロセスに重点を置いて、そこでの意図を加えながら解説していく連載にできればと考えています。
この「まちいくプロジェクト」には明確な狙いがありました。それは自治体の予算に頼らない新しい地域活性の形をつくりあげること。従来の地域活性の課題を次のように捉えていました。
1,都道府県レベルでは大きな予算を計上でき、首都圏を中心に大規模プロモーションができるが、観光や移住の中心となる肝心の市町村
レベルではそれはできない。
2,市町村レベルでの地域活性は、ボランティアでの動きが多いので、いつしか消えていってしまう。
1,2の課題を解消するために、「まちいくプロジェクト」は将来的にその地域に会社をつくることを目標に掲げました。そうすれば雇用を生み出すことができます。そのためには、ビジネスとして採算が合うことがとても重要です。成功の確度を上げるために、ブランド構築の手法で「商品開発」を行っていこうとしました。私自身がブランド構築や広告制作をこれまで生業にしてきた、という経験も活かされます。普段、クライアント様向けに行う「ブランディング」の手法をすべて注ぎ込んで行っていくことにしました。
※2017年の田植えに集まったプロジェクトメンバー
まちいく事業としても黒字。
もちろんいきなり会社化はできませんので、まだ弊社「むすび」の中の一事業です。事業でかかった収支はしっかりと計算して、今の利益がひと目でわかるようになっています。どこから経費として計算するか迷いますが、まちいく事業は黒字です。社員数がまだ少なく、マルチタスクで動いていますから、「まちいく」だけに専念できる人はいませんので人件費は考えません。それ以外でかかったものはすべて考慮にいれています。これも本菱が売れたことで、達成できたことです。
ではそれをどんなふうに行っていったかは、徐々に連載で明らかにするとして、先に売れたポイントを大きく挙げると、6つあるかと思っています。
◎プロジェクトに理念がありメンバー間で共有できた。
◎プロジェクトでつくりあげた。
◎ターゲットを明確化した。
◎富士川町ならではのストーリー。
◎「本菱」にビジョンをつくり共有できた。
◎地元マスコミを巻き込んだ。
まず、「プロジェクトに理念がありメンバー間で共有できた」ですが、「まちいくプロジェクト」自体にも「ビジョン」と「ミッション」を決め、その上で、プロジェクトメンバーを募集していきました。
まちいく事業の「ビジョン」と「ミッション」は下記になります。
◎ビジョン
街の資産を掘り起こして、街を元気にする。
◎ミッション
街のファンを増やす。
つまり、120年前になくなった本菱をなぜ復活させるかというと、それが「富士川町ならでは」のストーリーに沿っているからであり、だからこそ本菱を契機として、富士川町のファンを増やしたい。そう思ったからというのがはじまりです。富士川町のファンを増やすのですから、私たちが地元の蔵元に行って、直接商品開発しても意味があるとは思えませんでした。幸い、120年前の話で、レシピも何も残っていないので、ぜんぶ自分たちで決めることができます。酒造りは、米づくりから始まりますから、そう考えると1年近くのロングスパン。本菱を復活させたい人が、1ヶ月に1回、富士川町に集まって、議論しながら「商品開発」していくことで、自然と富士川町に触れ、そのいいところを汲んでくれるはずと思いました。
ずいぶん開発までに時間のかかる面倒な手法ですが、これこそが、ブランドを長生きさせるための最初の苦労なのだと思い、プロジェクトを立ち上げようと思いました。
※本コメント機能はFacebook Ireland Limitedによって提供されており、この機能によって生じた損害に対して弊社は一切の責任を負いません。