【無名の酒がなぜ売れたのか 第2回】
山梨県富士川町・大法師公園から甲府方面を望む。
ブランディングの本質、CSVの壮大な実験場。
プロジェクトで1年間かけて進めていく、というのは、従来の商品開発の観点で見れば、とても非効率です。しかしブランディングがファンづくりそのものである、という定義で考えれば、それは理にかなっているとも言えます。1年間、本菱というブランドの「性格」を決めていく間に、田植えや草取り、稲刈り、そして醸造体験まで行います。そのトータルの「体験」は必ずや参加者の「財産」になると考えました。そうなると、少なくともそのメンバーたちはSNSや口コミで「本菱」の体験を語り継いでくれるはず。そこからじわじわと本菱のファンを増やしていけばいいと考えました。
さらにポーターが2011年に提唱したCSV(Creating Shared Value)の観点で言えば、このプロジェクト自体が、社会に価値をもたらしつつ、利益を出し、事業化を目指すという点でまさに一致します。そしてCSVを行うことの手段の究極系が、その地域をどうにか盛り上げたいと願う人たちとの商品開発なのだとすれば、まさに最先端を行うということではないか、と考えました。何か商品をつくるのに効率のみを優先させても、それは他の企業がやっていること。同じことをしてしまえば、結局、商品化以降のプロモーションにかかる負担が大きくなり、それでは財力のない私たちは苦戦が見えています。
最初から考えてはいませんでしたが、仮に本菱が出来上がってから、本菱のプロモーションを行ったとしても、予算がかけられないので、あまり効果が出ないことは簡単に予想できることでした。プロモーションにお金がかけられないのであれば、つくっていく過程を見える化することで、話題性を出せればいい。プロジェクトは1年ありますから、その過程で徐々に盛り上がっていけばいいという考えでした。そういう意味で、最初にメンバーを募集する時に、クラウドファンディング・サイトであるMakuakeを利用させてもらいました。いくらか集まることで材料費のプラスになればいいという考えももちろんありましたが、それ以上に、クラウドファンディングはまだできていないものに「想い」をつたえて実現への力を頂く場。ビジョンやミッション、プロジェクトというしくみまで用意していましたので、その点に関しては語れることがたくさんありました。結果、815,900円集まり、その中のプロジェクト参加のコースに投資してくれた方もいました。
これらの取り組みは、いわば理論を本当にやってみたら、どうなるのか?という壮大な実験でもあると考えていました。成功すれば理論通りと言えますし、失敗したら、どこが悪かったのか明確に振り返れます。いずれにしてもこれをやりきることで、私たちの今後の仕事全般やクライアント・ワークにも活かされますので、「いいことづくめ」だと考えました。
とある日の議論終了後の懇親会。飲みながら熱い議論が交わされることもしばしば。
ブレそうになると、誰かが必ずビジョンに立ち返らせてくれた。
プロジェクトメンバーの募集に関しては、フェイスブックページをつくって、投稿を地道におこなったり、フェイスブック広告を少額行ったりもしました。さまざまな仕事の経験が積める「仕事旅行社」に掲載し、たっぷりと1年かけてブランディングを学ぶ、という観点でメンバー募集をしたりもしました。このコースは月1回の富士川町でのミーティングの他に、ブランド構築の理論を学ぶためにもう1回東京の私たちの事務所で勉強会を行うというものでした。仕事をしながら、プロジェクトに参加し、勉強会もこのコースはかなりきつかったと思いますが、メンバーたちはまちいくの中心として動いてくれました。
結局、どの媒体を通しても伝えたことは、まだ本菱という商品が出来上がっていないので、「まちいくふじかわプロジェクト」でのビジョンや、本菱という商品開発が、このプロジェクトでどんな意味を持つのか。ということでした。あくまで地域活性の一手段としての「本菱」であって、本菱のみを単に復活させればいいというわけではありません。
告知期間にはクラウドファンディングからの期間を含めれば4,5ヶ月はかけたと思います。結果、富士川町だけでなく、町外や東京、埼玉からも集まり、20歳の大学生から、70歳近くの高齢者まで、バラエティに富んだ30人が集まってくれました。この取り組みは早いうちから地元のマスコミも大きく取り上げてくれ、プロジェクトを知った多くの方々が「自分は行けないけど、応援はしたい」と激励を寄せてくれたり、お金を送ってくださったりと、嬉しいことも起こりました。お金を送ってくださった方には、本菱が出来上がったあとに、お送りしています。
また細かいことですが、初日のオリエンテーションでは、このプロジェクトへの想い、プロジェクトのビジョンやミッションなどをかなり時間をかけて説明しました。改めて、集まってくれた人たちに「目的」を共有していきました。毎回、議論の冒頭にはビジョン、ミッションを簡単に振り返りました。これら「ビジョン」を共有する効果は思いの外大きかったと思います。このあと3チームに分かれて議論していったのですが、本菱を全面に、本菱がどうしたら売れるのかをつい考えがちになるもの。しかし各チームの中に、しっかりと「本菱を通して富士川町のファンをどうやって増やすか?」という部分に立ち返えらせようとする人が必ず現れ、議論が正常に戻っていきました。こういう「自浄作用」が何度も見られました。
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