【いにしえ酒店のブランド論】第2回
東京・杉並区方南町の路地裏に、日本全国の古酒好きが集まる熟成日本酒を専門にしたお店がある。その名も、「いにしえ酒店」。2016年のオープン依頼、多くの古酒・熟成酒好きに愛されるお店だ。新酒が注目されがちな日本酒の世界で、なぜ古酒・熟成酒の専門店をオープンさせたのか。創業の経緯や今後の展望について、店長の薬師大幸氏に訊いた。
聴き手・文:BRAND THINKIKNG編集部 撮影:落合陽城
古酒・熟成酒は、その味わいで選ばれる。
———–お客様はどういう方が多いですか?
日本酒を好きな方が新しい味わいを求めて古酒・熟成酒に興味を持たれることもあります。当然、古酒・熟成酒が好きだからという方もいらっしゃいます。ただ、一番多いのはウィスキーやワインなどを嗜む方です。古酒の味わいを表現する時によく、紹興酒、シェリー酒やマディラワインなどに例えることがあります。これらが持つ香りの中には硫黄、ハムのような燻製香、青っぽい草の香りのようなものを感じることがあるのですが日本酒の場合にはオフフレーバーとして、劣化臭・異臭・に位置づける傾向にあります。しかし、もともと多様な香りに慣れ親しんでいる方は、古酒・熟成酒がもつ独特な香りや味わいを個性として楽しんでいただけているようです。
そのお酒のストーリーまで愛してほしい。
———–古酒や熟成酒をどんな人に一番飲んでほしいですか?
お酒を愛している人です。古酒・熟成酒は食事と一緒にじっくりと楽しんで頂きたいと思います。ちょっといいワインを開けたときはグラスに注いですぐに口にしませんよね。じっくりと色を眺め、香りを楽しみ、このお酒はどういうところで、誰が造り、どうやって熟成されてきたのか。グラスに注いだ瞬間から変化する表情を感じ取って頂く。 残念ながら、日本酒の古酒・熟成酒はまだまだ価値が認められていません。有名銘柄のように極端に入手困難なものがあるわけでも、ブランド力でお客様の手にとって頂けるものが存在しているわけでもありません。時間の積み重ねで得られた個性やストーリと一緒に深みを感じて頂くことが一番の楽しみに繋がるのではないかと思います。
グラス一つで香りも味わいも変わる。
———–そうした人たちに愛されるためにどんなことをされていますか?
お酒がもつ個性やストーリーをしっかりと楽しんでもらいたいわけですから、お酒のことについてはなるべく造り手の想いや考えを理解し、熟成された背景を分かりやすく伝えられるようにしています。また、お酒の個性は、保管状況で大きく酒質は変化しますので、どういった環境で保存するか意識するようにしています。ワインと決定的に違うのは、当店で取扱させて頂いているお酒には早飲みタイプのものが少なく、抜栓した後でも時間をかけてじっくりと変化を楽しんで頂ける事だと思います。ただ、季節の変わり目なんかには大きく変化することもあるので一時的に飲み頃から外れる酒もありますから見極めは結構難しいです。それに、酒器によっても味わいは異なってきますので、当店では試飲といえ猪口ではなく形状の異なるグラスを使用しています。結局、お酒一本一本が生き物みたいなもので、刻々と表情をかえる中、自分でも想像を超えた変化をするものがあって、そういう難しさがある。一番確かなのはお客様の舌で感じてもらう事ですから、当店では店内のお酒を全て試飲(一部有料のみ)できるようにしています。ガス入りとラスト一本のものはさすがにお断りさせて頂きますが、一番高い50万円のお酒も飲みたいと言われれば抜栓致します。 カジュアルに楽しむのはどこでもできますが、ある程度環境を整えてあれやこれやと試して頂けるのが強みの一つだと思います。そういったことから、自然とお酒を愛している方がリピートしてくださるのかもしれません。
(次回は、5月25日(金)に更新します。)
いにしえ酒店 店主 薬師大幸
もともとIT企業で業務系システムの仕事をしていたが、日本酒と出会い、2016年11月に「いにしえ酒店」をオープン。東京杉並区方南町の路地裏にある小さなお店には、日本全国の「古酒」好きが多く集まる。
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