【Yenomのブランド論対談 第1回】
仮想通貨の世界で、初めてビットコインを使う人をターゲットにしたウォレットアプリを開発している会社がある。その名も、「Yenom(エノム)」。安心や安全を謳うサービスが多い中、「遊ぶ」をキーワードに据える異色の存在だ。ビットコインという新しい産業への挑戦と同時に、社名・サービスのネーミングをはじめ、ミッションやバリューの言語化を行い、ブランディングを進めた。その背景や今後の目指す姿について、CEOの宇佐美氏(写真右)と、ブランディング・プロジェクトを主導したPARK代表取締役でコピーライターの田村氏(写真左)に訊いた。
聴き手:BRAND THINKIKNG編集部 撮影:落合陽城
バリューが自分たちの「芯」になる。
——–ビットコイン事業への参入と同時に、ミッションやバリューを言語化しようと思われたキッカケを教えてください。
宇佐美:ビットコイン事業を展開するにあたって、まず採用を強化しようと思った時に、良い採用ができている会社ってどこだろうと考えたんです。たとえばメルカリさんや、採用とは少し違うけど独自のスタイルでスタートアップに投資をしているSkyland Ventureの代表の木下さんのTwitterを見たりしていました。メルカリさんには「Go Bold」という良いバリューがあるんですよね。社員が誇りに思っているし、社外の人ですら良いと思っている。Skyland Ventureさんだったら、「フライングで、投資する。」みたいな。社内外を問わず誰が見ても何をやっている会社か分かりますし、内部と外部の一貫性があってすごく良いなと思っていたんです。自分たちも一貫性のあるバリューをつくって1本芯を通したいし、それに共感する人を採用したい。そう思い、Skyland Ventureの木下さんに相談して、そのコピーの制作者であるたむにぃ(田村さん)を紹介していただいたんです。
田村:本来、ミッションやバリューって社内の人たちが自分たちでつくるのが理想だと思っているんです。外部の人がつくると、どうしても借り物になってしまいがちなので。何の感情移入もできないものが宣言されるというケースがけっこう多い。だから、社内の人たちがつくり上げるというのが大前提だと思います。ただ、そうすると外部の人たちが共感してくれるもの、面白がってくれるものというのはなかなか難しかったりもします。自分たちのことって、実は自分たちが一番分かっていなかったりしますから。だから、映し鏡や壁打ち相手じゃないですけど、僕らを通して自社の魅力を引き出しながら、一緒に汗を流してつくることが必要だと最初に話をさせてもらいました。
宇佐美:そうでしたね。でも想像していたのと全然違ったんです。当初は、一回ヒアリングなどがあって、すぐに言葉の提案がもらえると思っていたんですよ。でも実際話を聞いてみたら、メンバーの座談会に加わって話を聞いてもらうとか、面談をするとか、提携先や取引先、出資者へのインタビューなど、周辺の関係者にまでヒアリングをすると聞いた。どういう人たちで、どういう価値観を持っているのかを、様々な角度から見てきてくれて、その上でこういう価値観ではないですかと提案していただきました。自分たちだけでは決して見られないような角度から見てもらい、価値観を表現に落とし込んでいただきました。一緒につくっていくというイメージはなかったので、すごく新鮮でしたね。
既存のお金の仕組みを、ひっくり返す。
——-言語化はどのようなプロセスで進められたのでしょうか。
田村:もともとは会社のミッション・バリューをつくるというプロジェクトだったんですけど、サービスのローンチが近づいていたので、まずはそこを優先させました。「サービスのネーミングやスローガンから取りかかった方がいいんじゃない?」と話して。最初にボードメンバーのみなさんにヒアリングをして、事業にかける想いを一通り聞いていったんです。そこからもう一歩進むために、ディスカッションやヒアリングをさらに進めていこうと思っていたときに、いきなり来週から2〜3週間沖縄に行くみたいなことを言われて(笑)。最近、ワーケーションってあるじゃないですか。
宇佐美:もともとは隔週くらいでミーティングをしようと話していたんですよね。それなのに、「すいません、来週から3週間くらい沖縄で開発合宿をやるので」と伝えて。だから来てくださいってお願いして(笑)。
田村:そう。ローンチも迫っているし、行くしかなかった(笑)。そこで、まずネーミングを決めて、その後にサービスのスローガンやミッション、バリューをつくっていくという流れで進めていきました。社名・サービス名に関して言えば、ビットコインキャッシュに特化したウォレットサービスで、そのiOS版とAndroid版を同時リリースするというのが実は世界で初めてだった。まだウォレットサービスという領域そのものも、完全にリードポジションをとっているような存在はなくて、だとしたらそこを狙いにいくのはありだなと感じていました。そのアプローチでネーミングを考えていたのですが、いろいろ話を進める中で、「もうちょっと違う方向性ないですかね?」みたいな話があったんですよ(笑)。
宇佐美:その時点ですでにかなりの数を考えていただいていたにも関わらず、もうちょっと何か違うものをとお願いしました(笑)。
田村:僕の考えとしては、まだ世の中に確立されたものがないから、そこを目指そうと考えていた。それによって、たとえば「写メール」とか「ウォシュレット」のような、カテゴリーそのものの代名詞になり得ると考えたんです。ただ、宇佐美くんの話の中で、今後そういったサービスはたくさん出てくるだろうから、その時に埋もれないようなオリジナリティを持った名前をつくりたいという話があって納得したんです。様々なアプローチが考えられる中で、言葉を逆読みするというアプローチにいきついた。今回で言えば、ビットコインは「既存のお金の仕組みをひっくり返す」可能性を秘めているので、そんな想いを込めて「お金」や「マネー」を反対から読むという方向性になったんです。
会社の文脈に合っているか。
——-「Yenom(エノム)」というネーミングはとても特徴的ですよね。
宇佐美:10時間以上ずっとネーミングを考えていましたが、言葉を逆読みするアプローチにたどり着くまでは、あまりしっくりくるものがなかったんです。沖縄の書店に走って辞書を買い、あいうえお順に見ていって、良いワードがないかなとか、お金関連の言葉で引っかかるものがないかなと探したりしていました。いろいろ調べたんですけど、どうにもしっくりこなくて。
田村:いわゆる迷宮入りですね(笑)。答えは彼らの中にしかないから、それを当てにいくという一番大変なパターンでした。
宇佐美:ビットコイン、ウォレットなどの系列から考えられる言葉はすべてと言っていいほど出してもらったんですが、でも何かしっくりこないですよねって話をして。じゃあもっと別のものをとなった時に、逆に自分の中でも全然出てこなくなってしまいました。
田村:これって、戦略的なこととは違って、自分たちが愛着を持てるかとか、しっくりくるかという主観を探る作業だと思うんです。だからこそ難しい。そんな中でたどりついたのが「言葉を逆読みする」というアプローチでした。「お金(Okane)」をひっくり返して、「Enako(エナコ)」とか、「マネー(Money)」をひっくり返して「エノム(Yenom)」とか、いくつかを候補として残し、そこから1週間くらい熟考を重ねました。そして、最終的に「Yenom(エノム)」に決まったんです。考え方はシンプルだけど、会社の文脈にすごく合っていますし、このネーミングは評判もいいんです。このサービスローンチのタイミングで、彼らは引っ越しをしたんですけど、NTTの開通工事の電話をした時に、電話対応された方に「いい社名ですね」と言われたそうです(笑)。
宇佐美:社名を言う時に説明をしたんですよ。マネーを逆から読んでって。そうしたら「おー、いい名前ですね」って言われて。
田村:業界関係者に認められるのも良いですが、全く関係のない一般の方に響いたというのは嬉しいですよね。
第2回 「ビットコインで遊ぶ人を増やす。その先に世界一がある。」は8/3(金)に公開します。
宇佐美峻(写真左)
Yenom(エノム) CEO
2014年、大学在学中に株式会社mikanを設立。ゲーム感覚で英単語を学習できる英単語学習アプリ「mikan」をリリースし、約250万ダウンロードを突破する人気アプリへと成長させる。2017年にビットコインの可能性と奥深さに気づき、2018年3月「とびきりやさしいビットコイン・ウォレットアプリ Yenom」をリリースし、同年4月に株式会社Yenomに社名変更。「ビットコインで、世界を遊ぶ。」というミッションを掲げ、水や電気、インターネットのように、ビットコインが生活の一部となるための環境づくりを目指す。
田村大輔(写真右)
1982年生まれ。2004年よりコピーライター廣澤康正氏に師事。ユニクロ、ロッテリア、ミズノなどのブランディング/プロモーションに携わる。2012年、面白法人カヤック入社。コピーライター専属部署「コピー部」の立ち上げに参画。サービス立案・運営からキャンペーンまでを担当。2013年、オレンジ・アンド・パートナーズ入社。プランナー/プロデューサーとして、企業ブランディングや地域活性プロジェクトを担当。2015年、クリエイティブエージェンシー株式会社パーク設立。「愛はあるか?」を理念に、最近ではスタートアップ系のブランディングに力を注いでいる。
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