【無名の酒はなぜ売れたのか 第5回】
大法師公園の桜と富士山
美しいつながりが、たくさん出てきた。
前回、ターゲットの設定について書きましたが、今日は5つ目のポイントである「富士川町ならではのストーリー」というところにフォーカスして、その考え方、ストーリーの導き方のプロセスについてなるべく詳しく解説していきたいと思います。
まず結論から。富士川町ならではのストーリーとはどのようなものかというと、①「富士川町はその昔、富士川舟運で栄えており、山梨や長野の年貢米が集まる物流の拠点。ゆえに酒蔵が多く、本菱もその中のひとつで、かなり飲まれていたことが記録に残っている」。②「富士川町高下(たかおり)地区では、元日にダイヤモンド富士が見られることで有名。その富士山の御祭神は木之花咲耶姫」。③「山梨県唯一の桜の名所百選、大法師公園には約2000本の桜があり、木之花咲耶姫(コノハナサクヤヒメ)は桜に舞い降りる伝説がある。また木之花咲耶姫は結婚するときに神々に酒を振る舞ったことから、酒の神とも言われる」。④「大法師公園にはひっそりと山王神社があり、そこには大山咋神(オオヤマクイノカミ)と玉依姫(タマヨリビメ)が祀られている。この2神は夫婦で、前者が全国の酒蔵が崇める松尾大社の御祭神。後者はあらゆるご縁を取り持つ神と言われる。山王神社は、かつて船着場のあった鰍沢河岸(かし)の場所を向いている」。という4つです。
ストーリーというと、まるであとからつくったようですが、ここに書いてあることは紛れもない歴史に即した事実。富士川町にもともとあったことです。プロジェクトを進めていった中で、探り当てていったこと。初めから知っていたことは①のみだったのです。
到達したプロセスとしては、プロジェクトの最中、何度めかのプレゼンで、木之花咲耶姫に言及したチームがあったことでした。富士川町の強みを整理していく中で、ダイヤモンド富士に着目し、深掘りした結果。それがきっかけとなり、さらに調べていくと、大法師公園の桜→山王神社→酒の神とご縁の神を祀る、というふうに、美しいリレーのような「ストーリー」が出来上がりました。
鰍沢河岸付近にあった料亭のあと。今は取り壊されて更地になっている。撮影:深澤悦夫
ストーリはつくるものではない。探し当てるもの。
神と酒は切っても切れないものですが、神社まであるとなると、いかにこの街に酒蔵があったのか。そして商売を大事にしていたのかがよくわかります。これらのストーリーによって、プロジェクトメンバーは、たまたま出会った縁に驚き、感謝し、自分たちで本菱を復活させる「必然性」を感じるようになります。
ここから本菱の核になる商品としてのコンセプトは「縁を喜び、縁に感謝する吟醸酒」となりました。そして、本菱を手に取った人たちが自分の地元に想いを馳せる。「人と地元の未来を紡ぐ本菱」というビジョンはここから来ています。また、そのためにすべきこととして定めたミッションは「目指せ、日本の田舎代表の酒」。なにもないように見える富士川町も、強みを深掘りしていくと、人間が狙っても出来ないような美しいストーリーがある。それを本菱とともに伝えるということを決めています。
今、こうしてまとめてみても、よくこんなストーリーがあったな、と思います。まるでこのプロジェクトで復活することが必然かのような美しさです。こんな想いもあり、チラシには「八百万の神様、120年ぶりの復活をありがとうございます」というキャッチコピーで表現しました。人間がコントロールできない、導かれたかのような想いが今でもあります。
ちなみに、大法師公園の中腹には、正一位出世稲荷神社もあり、商売の街であったことが伺えます。昔の商店街の地図を見ると、呉服店が多く、3軒連なっている場所もあるくらいでした。ターゲット像が女性ということからも、着物をイメージして、ラベルには千代紙を使用することを決めました。ラベルには、ダイヤモンド富士と桜の葉をモチーフにしたマークをつけていますが、実は1色にして見ると、着物の女性が振り返って見えるようなシルエットになります。
ストーリーはつくるものではなく、探し当てるもの。そんなことを改めて考えさせられます。
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