元インターブランドジャパン・現愛知東邦大教授 上條憲二
【ブランドは社内のエンゲージメントから 第4回<最終回>】
ブランディングと言うと、プロモーション面ばかりが注目され、学術的な歴史を見ても、コミュニケーション分野を扱った理論が数多くある。一方で、ブランド・ビジョンを社内に浸透させることの重要性への言及はかなり少ない。しかし、今日のブランド論を形作ったアーカーもまた、「まずは従業員がブランドを演じる存在になれ」と言う。「ブランドは社内のエンゲージメントが重要」と語るのは、広告代理店やインターブランドで、さまざまな企業のプロモーションやブランディングの現場に携わり、現在は愛知東邦大教授の上條憲二氏(写真中央)。編集長の深澤(写真左)と連載を持つチカイケ氏(写真右)が迫った。
聴き手・構成:BRAND THINKIKNG編集部 撮影:落合陽城
嫌われないと、際立たない。
深澤:ブランディングをしていくときに、ターゲットを明確にして、自分たちの強みを見つけて、というのが王道で近道だと思うのですが、多くの企業はそれをやりたがりません。
上條:とても逆説的な言い方になりますが、時には嫌われたほうがいいんですよ。嫌いな人がいないと際立たないですよね。だからオールターゲットはやめたほうがいいんです。いわゆるエッジが立ったブランドというものですが。
チカイケ:上條さんから見て、これはどうかな…という例はありますか。
上條:あまり具体的な名前を出すと問題になってしまいますが。ブランドとしての価値がきちんと人々の頭の中にストックされているのにもかかわらず、目先の利益にとらわれてせっかくの価値を毀損してしまうことがありますね。何か、ポイントカードのようなことをしてみたり、広告などで一時的に流行っているタレントを使ってみたりしてしまいがちですね。あるグローバルブランドのCEOがかつて「私にとって最も困難だったのは、自分のブランド 戦略にそぐわない魅力的な企画にNOと言うことだった」と述べています。いくら流行していても、自分に似合わない服、自分が求めている姿とは合わない服は着るべきではないと思います。でも、実際は、本質を忘れて手段ばかり追い求める企業は多いのですが。
チカイケ:では効果を出していくために、企業内の人間が留意すべきポイントは何なのでしょうか。
上條:インターブランドではそれを10の要素に分けて診断していましたね。ブランドの明瞭度とか、経営者や社員の関与度とか。これで得点をつけていくのですが、これをチェックするだけでも、自社がどこに弱いのかわかります。
そのブランドにしかないストーリーがあるはず。
深澤:ブランドで一番大きなハードルはまず「認知」 だと思いますが、そのあたりは上條さんはどのように考えていますか。
上條:広告代理店時代は、「この商品は認知がないので上げましょう」とかよく言っていましたね(笑)。何度も言うように、軸や中身がないのに、瞬間風速的にプロモーションで認知だけ上げても意味がありません。それで勝つなら、結局お金がある企業だけが残るはずです。戦略を考える前に、経営者自身が考え抜かないといけないですよね、志について。それを言葉にすれば、自分たちだけの強い言葉になります。だから社内から社外へと浸透していくのです。中途半端に「顧客満足のために」なんて言葉を言ってしまったら、とたんにメッセージ力がなくなります。
チカイケ:認知より大事なものがあるんですね。
上條:認知は大事ですが、それだけにこだわるのは意味がありません。ブランドは物ではなく物語、最良のものではなく最愛のもの、良いものではなく良さそうなもの、そんなふうにみんなが想像力が湧くものでなければならないと思います。いくら認知を高めてもブランドへの想像力が湧かなければその人にとってはどうでもいい存在ということになります。例えば、広告代理店の担当者が、「今は広告をする時ではありません。むしろ、このブランドについて社員がきちんと理解すること、自信をもつことが大事です。お金はそのために使いましょう」なんて言ったら、その人は信用できる人なんじゃないかと思います。なかなかそうはできませんが。(笑)
ブランディングは極めて右脳的。
深澤:ブランド周辺の言葉は、どうしても横文字が多いと思うのですが、そのあたり上條さんはどのように整理、説明していますか。
上條:これは私もいろんな企業の人から、わからないと言われることが多いです。なので、人に例えて説明してみました。アイデンティティ=心。ビジョン=頭。行動・やること=ミッション。その上で人にお渡しするもの=バリュー。性格=パーソナリティ。服装=トーン&マナー。話すこと=キーメッセージ。
チカイケ:こうしてみるとわかりやすいですね!
上條:このビジョン、ミッション、バリューがないということは、心と頭とやることと、人に渡すものを持たないということ。これをまず整理する必要がありますよね。
チカイケ:整理する上で心がけていることはありますか。
上條:ブランディングってとても右脳的な力が実は必要なんですよ。例えば議論しながら見えてきたとても大事なことを、大事だと察して、それを具体的に引っ張り出して、その会社らしく、言語化するんです。抽象的な概念を具体化していく作業ですね。インターブランドでは、論理は情緒性をもって、情緒は論理性をもって、と言われていました。そして最終的にはとてもクリエイティブな作業だと思います。このあたりの研究は学術的にはあまりないですよね。定量でなかなか測れないこともありますから。そういう意味で、両方の立場の私がそこを追究していく責任があると感じています。
ブランディングのスタート、実は、たった一人の思いから。
深澤:いろいろな会社のブランティングに関わって、なにか共通項のようなものはありますか。
上條:実は、とても面白いことにブランディングの始まりは、たった一人の、熱い思いからスタートしているんです。特にうまくいっているブランディングの場合はその傾向が強いんです。ある人が、「このままじゃまずいんじゃないか」って思う。そして見よう見まねで、企画書のようなもの、概念図のようなものを作る。それがじわじわと周囲に広がっていき、やがて大きなうねりになる。それはもう本当にドラマですね。ですから、あのブランドって、あの人のあのワードのペーパーから始まったよね、なんて思うことがあるんです。必ずしも経営企画の人ではないんですね。会社の大小じゃないし、組織の問題でもないんです。コーポレートブランドに至っては、誰のものでもないし、どの組織に属しているものでもない。みんなが平等に論じていいものだと思います。その意味では、ブランディングって、とてもロマンにあふれています。私もせっかく、大学の教員という立場になりましたので、今度は自分がその一人、になってみたいと思います。まだまだやることはたくさんあります。
(おわり)
上條憲二(写真中央)
愛知東邦大学経営学部地域ビジネス学科 教授
早稲田大学第一文学部卒業後、第一広告社(現I&SBBDO)入社。マーケティング・プランナーや営業を経験した後、第八営業局長に。執行役員まで務める。2004年インターブランドジャパンにてエグゼクティブディレクターに。大和ハウスグループ、スバル、エバラ、東急グループ、清水建設など日本を代表するさまざまな企業のブランド構築に携わる。2014年から現職。
チカイケ秀夫(写真右)
パーソナル・ベンチャー・キャピタル 代表
デザイナーの経験を経て、GMOインターネットグループで新規事業などさまざまな事業を経験。2015年よりパーソナル・ベンチャー・キャピタルの代表として活動開始。スタートアップ企業にブランディングを広めることを使命に、数多くのサポートを行っている。さまざまな企業のチーフ・ブランディング・オフィサー(CBO)を務める。
深澤 了(写真左)
むすび株式会社 代表取締役
ブランディング・ディレクター/クリエイティブ・ディレクター、BRAND THINKING編集長。2002年早稲田大学商学部卒業後、山梨日日新聞社・山梨放送グループ入社。広告代理店アドブレーン社制作局配属。CMプランナー/コピーライターとしてテレビ・ラジオのCM制作を年間数百本行う。2006年パラドックス・クリエイティブ(現パラドックス)へ転職。企業、商品、採用領域のブランドの基礎固めから、VI、ネーミング、スローガン開発や広告制作まで一気通貫して行う。2015年早稲田大学ビジネススクール修了(MBA)。同年むすび設立。代表取締役就任。
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