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誰に一番愛されたいのか、を決める。#4

【無名の酒がなぜ売れたのか 第4回】

BT4本菱のターゲット像のビジュアルコラージュの一部

 

「ペルソナ」が重要という理論に従って、ターゲット像を明確にする。

1年間のプロジェクトで進めていったことの利点や考え方を書いたのが前回でした。今回は、その中でも重要で、かつ多くの企業がやっていないターゲットの設定ということについて、どんな考え方で、どんなふうに進めていったのかを書いていきたいと思います。

今回のプロジェクトは、これまで「ブランド構築」や「(広告)制作」を生業にしてきた私たちにとって、一番理想的にブランド開発を行ったら、成功するのか?「大実験」でした。ですから、プロジェクト全てに渡って、私たちが企業に行うブランド開発の手法を、ほぼそのまま当てはめる形で進めていきました。

マーケティングの世界では、随分前からSTPやペルソナの重要性は指摘されていますが、これを実際にしっかりやっている企業はほとんどありません。ほとんどの企業はターゲットを明確にすることが、市場を狭くしてしまうのではないか、と不安になるので、オールターゲット、ないしはなんとなくボリュームゾーンを狙う、という方法をとりがちです。このあたりは以前、BRAND THINKINGで学習院大学の青木幸弘氏が解説してくれていますので、詳しい説明は割愛します。ある程度知名度のあるブランドや、大企業の出すブランドの場合、予算もとれるのでそれでも効果の出る場合もありますが、今回のように知名度ゼロ、プロモーションをする余裕はないという場合、しっかりとペルソナまで明確にしておくことがマスト。それがのちのちのコミュニケーションの力を強くするのです。

では、結果的に本菱はどんなペルソナを描いたのかというと、それが下記になります。

32歳女性 出版社勤務
年収500万円 一人暮らし
山梨学院高校出身/チアリーディング部
早稲田大学商学部
現在は三軒茶在住
趣味:ボルタリング、ヨガ、食べ歩き、旅行
よく行く場所:スタバ、立ち飲み、寿司屋
よく読むもの:ほぼ日、danchu、Anecan、cookpad

ポイントを一言で言えば、「理想のターゲット像」をつくるということ。これの裏付けには明確なマーケティング上での2つの理論があります。ひとつは有名な「イノベーター理論」。商品が広がっていくときに、イノベーターからアーリーアダプターに属する上位16%の人たちに好かれることが、その後の市場での広がりを後押しする、という理論です。もちろんこれには、「キャズム」と言って、アーリーアダプター以降の人たちに利用してもらう場合には、大きな溝が存在し、そこを乗り越えられないと、ブランドは死んでしまう、という指摘もあるのですが、それが問題になるのは先の話ですし、まずは上位16%の人たちにファンになってもらえないことには先に進まないのです。熱狂的なマニアとも言えるファンを見つけろ、と指摘する人もいますが、それを市場に委ねて待つのではなく、事前に明確し、コミュニケーションしていくことで、その「出会い」の確度を上げることができます。

もう一つ。これはあまり知られていませんが、「イノベーターやアーリーアダプターに属する人たちの中でも、オピニオンリーダーになる人に到達することで、ブランドは長続きする」という指摘があります。これは、以前にBRAND THINKINGでも連載があった早稲田大学ビジネス・スクール教授、永井猛氏が著書の中で詳しく書いています。これまでのマーケティングの世界で、よく言われるターゲティングに関する理論は、「ロイヤルカスタマーをどうつくるか」ということで、多くの書籍も出ていますが、それらを1歩踏み込んで指摘したのが、永井猛氏のこの議論です。

13124637_1135312216521079_3182234439945482496_n富士川舟運の守り神、七面山から鰍沢河岸(かし)があった場所のあたりを望む。

 

正しい場所を選択するのではなく、「どうしたいのか」で決める。

ブランド論の視点で考えると、「誰に一番愛されたいのか」ということです。マーケティングの視点とどこが違うのか、ということですが、一番の大きな違いはブランドの送り手である私たちの「意志」が入っていることです。ブランディングを突き詰めると、何が正しいか、ではなく、自分たちはどうしたいか、ということに行き着きます。どうしても失敗したくないので、正解を求めてしまいがちですが、そこを思い切って意志を打ち出すことが重要です。もちろんイノベーターにも属さないペルソナ像にしても意味はありませんので、そのあたりの塩梅は、経験がないと難しいかもしれません。

今回の場合も、各チームが出してきてくれたペルソナは、それぞれ今とは大きく違うものでした。それらを上記の理論をもとに整理し、ペルソナを決めていきました。「女性向けの日本酒は増えてきたけど、まだまだ少ない」。「山梨県(富士川町)出身で東京で頑張っている女性が知ることで、地元を思い出して欲しい」。これが議論の柱になり、上記に決まっていきました。

市場、というポイントで考えれば、女性向け・山梨県出身というのは、かなりニッチです。本菱がすでにあるブランドとしてその地位を確立しているのであれば、その派生ブランドにこのターゲティングをしていくのは、ある意味「教科書通り」で(それを決断できるブランドも少ないですが)、王道の選択です。しかし、まったく無名のブランドが、ニッチな市場を狙ったのには、「日本酒×地域活性」という市場でのナンバーワンを狙おうとしたというからです。ブランドの究極はカテゴリーを自らつくって、市場創造をし、そこでナンバーワンになること。日本酒は地酒と言われるように、地元に根付いているように見えますが、実はそのイメージはワインのそれとはまったく異なります。ワインはラベルに産地をしっかり明記することが多いですが、日本酒は実は地域名を冠しているラベルはほとんどありません。(裏のラベルを見れば、酒蔵の住所など書いてある場合もありますが)。地元の米を使って仕込む、というのは意外に少なく、獺祭に代表されるように、全国から特等を取るようなお米(矢田錦)を買い、仕込むということがふつうに行われています。

ワインはぶどうの出来に左右されることが多いので、「農産物」と表現する人もいますが、日本酒は複雑な工程を経なければなりません。これは推測ですが、そこに職人としてのプライドがあるのだと思います。つまりいい米で仕込むことで、とびきりうまい酒をつくりたい。そのためなら、全国から集める。そういう思考になっていったのではないかと思うのです。

今回は、地域活性が目的ですから、必然的に地元の米(=玉栄)と水で仕込む酒となります。でもこれこそ、本来の地酒であり、だからこそ、地域活性との相性もいいはず。「日本酒×地域活性」というカテゴリーの発見は、歩んでいる人の極端に少ない「王道」なのだと思います。王道だとするならば、その道は広くできる余地があるはずなのです。

ここまで来ると、何が正しいかではなく、結局は、今ある情報をもとに、どうしたいか、という「意志」の問題なのだと思います。仮に、「何が正しいのか」で決めたとしても、それが100%正しい保証は、どこにもありません。あくまで結果で判断されるものです。だとしたら、自分たちのやりたい道を行く、というのは、コミュニケーションを無理なく続けやすいので、ブランド的に一貫性が保ちやすいとも言え、理にかなっているともいえます。

fukasawa

むすび株式会社 代表取締役
深澤 了

ブランディング・ディレクター/クリエイティブ・ディレクター、BRAND THINKING編集長。2002年早稲田大学商学部卒業後、山梨日日新聞社・山梨放送グループ入社。広告代理店アドブレーン社制作局配属。CMプランナー/コピーライターとしてテレビ・ラジオのCM制作を年間数百本行う。2006年パラドックス・クリエイティブ(現パラドックス)へ転職。企業、商品、採用領域のブランドの基礎固めから、VI、ネーミング、スローガン開発や広告制作まで一気通貫して行う。2015年早稲田大学ビジネススクール修了(MBA)。同年むすび設立。地域ブランディングプロジェクト「まちいく事業」を立ち上げ、山梨県富士川町で「本菱」を、埼玉県戸田市で「かけはし」と、立て続けに日本酒をプロデュース。山梨県都留市ではネクタイブランドの立ち上げも行う。

むすび株式会社




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