経営に正しいブランディングを。わかりやすく解説|ブランド シンキング

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経営に正しいブランディングを。わかりやすく解説

味は変わる。向き合い方は変えない。命名から232年続く銘酒「力士」。#1

【長寿企業研究② 創業270年・釜屋のブランド論 第1回】

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釜屋は創業1748年、江戸中期から続く酒蔵。代表銘柄は「力士」で1785年から続く超ロングセラーブランドだ。また近年では発泡純米酒「ゆきあわ」、ワイン酵母仕込み純米酒「ARROZ」など革新的な取り組みも行う。第13代蔵元で、代表取締役社長・小森順一氏に、永く愛され続けるブランドへのヒントを聴いた。

 

 

ただ漠然と蔵は継ぐものだと思っていた。

——代々酒蔵を営んできていますが、いつ頃から後を継ぐことを考えていたのですか。

稼業である酒蔵を継ごうと、なんとなくでも思ったのは高校の時でしょうか。ただ、だからといって専門性を磨くために醸造関係の大学に入ろうとまでは思いませんでした。慶應の系列の高校でしたので、それもできないんですけど(笑)。長男なので自分が継ぐんだろうと、そんな漠然とした考えで、経営の一助となるだろうと環境情報学部を選択しました。我が蔵のルーツは近江商人です。埼玉には現在酒蔵が35蔵あるのですが、大きく近江商人系、地主系、越後杜氏系と分かれます。近江商人は近江(滋賀県)に居を構えていながら、江戸に近いほうが商売的にいいだろうということでこの地で起業していますので、家と蔵が分かれていることが特徴的です。私の実家も今は浦和ですが、曽祖父の代に滋賀から越してきたと聞いております。ですから蔵元に産まれたといっても、小さい頃から蔵の近くで育ったわけではないので、日本酒のことは何も知りませんでした。それこそ、ここで働くようになってからイチから覚えていったんです。

 

力士は1785年、二代目の久左衛門が生み出した。

——270年続く釜屋のルーツについて教えてください。

釜屋は、初代蔵元である釜屋新八によって起こされました。彼は長男ではなかったため比較的自由にできたようで、近江商人となって京都の品物を江戸で売る行商を生業としました。近江商人というと、天秤棒や荷物を担いで街道を歩くイメージがあるかもしれないですが、実際は先に商談をして、受注となればモノを後で届ける、という方法を取っていたらしいです。行商で資金を貯めた後、腰を据えて事業を行なおうということで、埼玉のこの地を選んで酒蔵を起こしたようです。このあたりは昔からいい米が取れ、利根川の近くで水も豊富、さらに消費の中心である江戸が近い、ということでこの地を選んだと伝わっております。しかし、新八は行商と創業の苦労が重なって20代半ばで亡くなってしまいます。そこで兄である小森久左衛門が、せっかく弟が苦労して起こした酒蔵なので、弟の想いを継ぎ、酒蔵を存続させようということで、二代目になりました。実はウチの代表銘柄である「力士」はこの二代目久左衛門が名付けたもの。20〜30年くらい前に「力士」はテレビやラジオCMなどの広告をかなり行っておりましたが、その際に相撲取りをキャラクターに用いたため、いわゆる相撲の「力士」がイメージとして定着していますが、本当の由来は、中国の詩人・李白の漢詩に出てくる「力士」という人の名から取ったものと伝わっています。「力士」はお酒を温める鍋を作る名人で、「力士の作った鍋と生死を共にしよう」と詠うほど李白は惚れ込んでいたようです。

_46B3302販売所にある釜屋でつくる日本酒のラインナップ

 

力士は10種類。味は全部違う。だからプロセスにこだわる。

——長い間「力士」が生き残ってきた背景にはどんな要因があるのでしょうか。

まず江戸時代と今では技術が格段に違います。それがどう発達してきたのかというと、機械や設備の進歩や生物学の発展が進んだことが挙げられます。昔は木桶で仕込んでいたでしょうから木桶の独特の味や香りが酒についただろうと思います。また、今は酵母菌を取り寄せてなんてこともやりますが、昔は蔵付き酵母のみ。低温でじっくり発酵するという技術も、米を精度高く磨く技術もなかったわけです。それにより発酵の度合いも変わってくるので、間違いなく味は今のほうが美味しいと思います。いつ頃から「力士」が今の味になったのかは定かではないですね。実は「力士」と名のつくお酒は10種類以上あります。一番生産量の多い本醸造だけでも4つもあるんです。もちろんそれぞれで味は変わってきますし、純米大吟醸などと比較するとさらに味は違います。だから、「こういう味が力士」というよりも、とにかく味に嘘をつかない、とかそういう当たり前のことが「力士」の味ではないかと考えています。日本酒は嗜好品なので、味が悪かったとしても「これはこういう味」として通ってしまう世界。だからこそファンがいなくなったら淘汰されてしまいます。ですので、ひとつひとつのお酒を丁寧に心を込めてつくる。そしてそれが地元でちゃんと根付いているからこそ、ここまで続いてきたのだと思っています。

 

(第2回へつづく)

 

文:BRAND THINKIKNG編集部 撮影:落合陽城

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株式会社釜屋 第13代蔵元 代表取締役社長 小森順一
慶応義塾大学環境情報学部を卒業後、物流会社で5年間修行した後釜屋に入社。専務として20代後半から経営の舵取りを行う。2011年代表取締役副社長。2014年代表取締役社長に就任。




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